2008年08月25日
コンテンツ番号2400
作曲家・成田為三の音楽世界を学ぶ
(2008.8.8)
公民館公開講座「先人に学ぶ」が8月25日(月)、浜辺の歌音楽館で開かれ、約50人の受講生が、「浜辺の歌」の作曲家として知られている郷土の先人・成田為三をテーマとした講演に耳を傾けました。
講師は、同館の終身名誉館長で為三研究の第一人者でもある作曲家の後藤惣一郎さん(86)=栄字前綱=。講演は、為三の実像や、浜辺の歌音楽館などについて3回にわたって学ぶもので、第2回目となったこの日の講座では、「作曲家としての本命はなんであったか」と題し、後藤さんが作曲家としての為三や業績について語ったほか、演奏された為三作品を鑑賞しました。
成田為三は明治26年、旧米内沢村生まれ。大正2年に秋田県師範学校を卒業、毛馬内尋常高等小学校教師を務めた後、同3年に現在の東京芸術大学の前身である東京音楽学校に入学します。在学中、在野の山田耕筰に作曲を師事。大正4、5年頃「はまべ(浜辺の歌)」を作曲します。同6年に同校卒業後は佐賀県師範学校に赴任。翌年同校辞任、東京赤坂小学校に赴任。
講師の後藤惣一郎さん。元小学校長で現在浜辺の歌音楽館終身名誉館長。秋田県では日本音楽著作権協会(JASRAC)に所属する作曲家。歌曲、校歌、市町村民歌など作・編曲した数は約600曲。代表曲に「から松(北原白秋作詞)など
大正8年『赤い鳥』に「かなりや」を発表、一躍有名になります。以後、『赤い鳥』の専属作曲家となり、大正10年にはドイツ留学、4年間ロバート・カーン教授のもとで作曲法を学びます。帰国後、川村女学院講師、東洋音楽学校講師を経て同15年、国立音楽学校教授に就任。同20年4月には空襲で自宅が焼失、多くの作品を失います。同年10月、脳溢血のため51歳で急逝し、遺骨が米内沢の龍淵寺に埋葬されました。
後藤さんははじめに、第1回目の講座同様、「為三は、浜辺の歌の作曲家、歌曲の作曲家と一辺倒に思われがちだが、多くの器楽曲や管弦楽曲を作った本格的な作曲家であることをわかってほしい」と切り出しました。
その上で、「最近の音楽は感覚だけで作られたものが多く、そのまま大衆にも受け入れられてしまっている。しかし、本物と言われる曲は和声学や対位法といった楽理(音楽理論)に裏付けられたもの。和声学と対位法は音楽の音を組み立てるためのルール。これがわからないと本当の曲を作れない」、と曲作りの本質について述べました。
さらに、「為三はドイツでそういった音楽の基礎を学び、大きな抱負を持って帰国した。帰国後、身に付けた対位法の技術をもとにした理論書などを著すとともに、当時の日本にはなかった初等音楽教育での輪唱の普及を提唱し、輪唱曲集なども発行した。留学中も『山の枇杷』という輪唱曲を作って雑誌・赤い鳥に送っている」、さらに為三の高弟・岡本敏明氏(宮城県出身の作曲家で日本放送合唱団指揮者。1907-1977)が為三の遺志を継ぎ、全国で輪唱を指導した」と紹介しました。
残された数少ない成田為三作品(管弦楽曲)の一つ「二つのローマンス(『青い帆』『湖底の薔薇』」の楽譜。浜辺の歌音楽館所蔵。為三直筆といわれていましたが、後藤さんの最近の研究で妻の文子さんが写譜したものであることがわかったそうです
また、「為三の童謡『かなりや』などが発表されるまでは、子供の歌は地理を覚えるための『鉄道唱歌』、歴史を歌った『青葉しげれる』といった唱歌しかなかった。為三は、童謡を音楽性あふれる芸術の域に導いた元祖」と評価し、「『砂山』という童謡は中山晋平も作曲しているが、明るい曲調。しかし為三は、歌詞のイメージを忠実に表現しようと暗い曲調にした」と、歌詞のことばと情感を深く理解した作曲家であることを力説します。
為三の作品については、「浜辺の歌や秋田県民歌ほか、合唱曲、管弦楽曲など作曲した曲はこれまで305曲あることがわかっているが、楽譜は多くが失われてしまっている。それは、戦争中、自宅に保管していた作品が空襲ですべて焼けてしまったため」と話し、岡本敏明氏が、器楽曲や管弦楽曲など種類別に分類・整理された為三の楽譜にあこがれ、書棚の寸法を測らせてもらい、同じものを作ったエピソードなどを紹介しました。為三の生きた時代は、日本では器楽曲や大規模な管弦楽曲が演奏される機会もほとんどなく、為三の曲も多くが楽譜ケースに納められたまま日の目を見ることもなく、最後には空襲で失われる、という運命をたどることになったそうです。
この後、後藤さんが編曲した秋田県民歌(混声三部合唱)と楽譜が残っている唯一の管弦楽曲『二つのローマンス(「青い帆」「湖底の薔薇」)』の演奏を録音テープで鑑賞しました。「二つのローマンス」は、ドイツ留学を終える最後の年である大正13年6月から8月まで3カ月をかけて作曲された曲で、61年後の昭和60年に国立音楽大学で始めて演奏され録音されたものです。参加者は、作曲した為三本人が聴くことのなかった曲の演奏を感慨深く聞き入っていました。
後藤さんは最後に、「この曲だけを聞いても、西洋の作曲家と変わらぬ素晴らしい管弦楽曲を作っていることがわかると思う。妻の文子さんによると、為三は空襲のとき楽譜を納めた本棚にしがみつき離れなかったらしい。為三を強引に引き離した文子さんが後日、『命は助かったが、乱暴なことをした』と涙を流しながら話していたほど。ほかにどんな曲があったのか、今となっては想像するよりない」と、当時の為三の心情を思いやるとともに、失われた作品の世界に思いを馳せていました。
なお、第3回講座は次のとおり開催されます。聴講は無料です。お問い合わせは北秋田市中央公民館(TEL:0186-62-1130)、浜辺の歌音楽館(TEL:0186-72-3014)まで。
公民館講座「先人に学ぶ」第3回
テーマ『浜辺の歌音楽館の役割』
講師:後藤惣一郎氏
開催日時:平成20年9月29日(月) 午後1時30分〜