2006年10月14日
コンテンツ番号4725
〜縄文回廊発掘調査遺跡合同見学会〜
伊勢堂岱遺跡や向様田遺跡など北秋田市内の4つの縄文遺跡の発掘調査見学会が14日開かれ、参加した考古学ファンなどが北秋田地域の縄文文化について理解を深めました。
見学会は、市教育委員会と秋田県埋蔵文化センターの合同開催。今年度、北秋田市内では伊勢堂岱遺跡、橋場岱(はしばたい)B遺跡、漆下(うるしした)遺跡、向様田(むかいさまた)A遺跡の4つの遺跡の発掘調査が実施されています。今回の見学会では、発掘調査の成果を広く公開するとともに、見学を通して北秋田地域の縄文文化の豊かさ、深さを実感してもらおうというものです。
午前中行われた伊勢堂岱遺跡の見学会には、北秋田市民や弘前大学の学生など県外から訪れた人も含めおよそ40人ほどが参加しました。伊勢堂岱遺跡は縄文時代後期前半(今から約4千年前)の遺跡。平成7年、大館能代空港のアクセス道路建設に先立つ発掘調査で発見され、4つの環状列石や配石遺構など、多くの祭り・祈りの施設が見つかり、大規模な祭礼の場ではないかと考えられています。平成13年には国の史跡に指定されています。
ガイド役を務めた市教育委員会の榎本剛治学芸員は、6月1日から11月上旬まで行われる今年度の13次調査では遺跡中央に位置する環状列石Cの西側平坦面を発掘、配石遺構、溝状遺構、50基以上の柱穴など、多くの遺構を確認したことなどを説明した上で、▽4つもの環状列石が見つかるのは非常に珍しい▽環状列石一つをつくるのに、100年以上かかったとする見方もある▽伊勢堂岱遺跡の場所では4千年前に人がいなくなり、平安時代となる千年前に再登場、当時の住居跡が見つかっている▽遺跡内ではこれまで住居跡が見つかっていなかったが、今年度の調査で初めて竪穴住居跡1軒が確認されたことなど、これまでの調査の成果を紹介していました。
青森市から参加した、一町田工(いっちょうだ たくみ)さんは、三内丸山遺跡のガイドボランティアなどを行っている「三内丸山応援隊」の会長。今回はご夫婦で参加されました。一町田さんは、伊勢堂岱遺跡の見学で、「複数の環状列石を持つことや、列石が作られた方法などを聞き、祭りの場だったというこの遺跡に大きな関心を持ちました」と話していました。
午後からは、阿仁前田の四季美館前から2班に分かれ、バスで森吉山ダムの建設工事が行われている小又川流域の3遺跡を見学しました。縄文前期から後期にかけての遺跡・漆下遺跡では、国内ではじめて確認されたX状配石は、その下に土坑が見つからなかったことなどから、墓ではなく、なんらかのシンボルであったこと、また向様田A遺跡(縄文時代晩期)は、たくさん見つかった大小の柱穴の性格などから、この遺跡は「墓地に伴った祭りの場」であることなどが紹介されました。
市教育委員会が実施主体となって発掘調査を行っている橋場岱B遺跡は、縄文時代前期から晩期を中心とする遺跡。また、遺跡西側では今から約1,000年前の十和田火山(現在の十和田湖)が噴火した時に降り積もったと考えられる火山灰の層が見つかっています。ガイドを務めた市教委の細田昌史主任学芸主事は、この火山灰の層から出土した丸太材について、「年輪の目が密であるなど、直径1mほどの天然秋田杉と考えられる。また、加工された痕跡や、焼けて炭化した部分が認められることなどから、何らかの構造物で、火災の影響をうけたものではないか」との説明に、参加者は熱心にメモをとったりしていました。
(2006.10.14)