2006年03月14日
コンテンツ番号4432
〜市ゆかりの音楽家・高橋勝司氏が逝去〜
2006.3.14
全国紙の報道(電子版)などによると、本市出身の作曲家兼指揮者の高橋勝司(たかはし・かつし)さんが13日午前零時45分、閉塞性動脈硬化症のため、横浜市内の病院で死去されました。77歳でした。ご夫人は声楽家の好子さん。俳優の高橋克典氏は長男。
高橋さんは本市綴子の出身。旧制大館中学校(現大館鳳鳴高校)、秋田大学音楽科を経て国立音楽大学作曲科を卒業。作曲を高田三郎、指揮を金子登の両氏に師事。横浜市立南高等学校に勤務し、合唱部・マンドリン部・吹奏楽部・弦楽部を創設し、指揮指導にあたられました。
昭和39年には、今年で創立50年目を迎える歴史のある合唱団「横浜YMCA混声合唱団」の指揮者に就任。その他、数々のオペラの合唱指揮をはじめ、「第九」や「森の歌」の合唱を10年以上の長い間指導されています。また、童謡雑誌「赤い鳥」の主宰者・鈴木三重吉ゆかりの合唱団「赤い鳥混声合唱団」の指揮者としても知られ、「赤い鳥」童謡全八集を、混声四部合唱曲に編曲するなどの活動も行っています。
平成元年には、東ベルリン(当時)で労音合唱長として、ベルリン放送交響楽団と共演。横浜市港南区を中心とする地域の音楽の普及にも努め、平成6年7月には「高橋勝司作品集」を出版。平成9年、音楽活動での地域貢献が評価され、横浜市教育委員会表彰(社会教育の部)を受賞しています。
ご冥福をお祈りします。