2011年11月03日
コンテンツ番号4096
安全な通行と利便性が向上
(2011.11.3)
主要地方道二ツ井森吉線高長橋の開通式が、北秋田地域振興局と北秋田市、二ツ井森吉線増沢工区安全協議会の主催により11月3日(木)、高長橋で行われ、地元住民、関係者らによるテープカットと渡り初めなどで開通を祝いました。
主要地方道二ツ井森吉線は能代市を起点として北秋田市に至る幹線道路で、世界遺産「白神山地」と森吉山県立自然公園を最短で結ぶ観光ルートの一部として、県北部の地域間交流を担う重要な路線となっています。しかし、北秋田市内の増沢から木戸石区間は車道の幅員が4.0mと狭く、歩道もないことから歩行者の安全確保や大型車のすれ違い、冬期通行確保が困難な隘路で、昭和35年に架設された高長橋は老朽化が著し架け替えが必要になっていました。このため、平成19年度から平成24年度までの事業期間で、増沢字鳥帽子長根下地内から木戸石字東畑地内までの2.4kmを事業区間とする増沢工区の道路整備事業が進められ、このたび高長橋を含む約2kmの区間が供用開始となりました。
このうち、新しい高長橋は現在の橋から約70m下流に架けられ、これまでより5m程長い橋長165.6m、車道2車線6mと片側歩道2.5m、全幅10.5mの3経間連続鋼鈑桁橋で事業費は約6億円となっています。
高長橋で行われた開通式では、最初に安全祈願祭として神事が行われ、長谷部勝地域振興局長をはじめ関係者らが玉串奉奠をし、通行の安全を祈願しました。
開通式典では、長谷部勝北秋田地域振興局長が「この道路の開通は、県北地域の産業や観光の振興に寄与することはもとより、救急救命医療への対応など地域住民の安全安心にも大きく貢献するものと期待しています。道路が地域の発展に果たす役割は多様であり、その波及効果は非常に大きなものがあります。引き続き地域の発展や県民生活の向上につながる必要な道路については計画的に進めてまいりたい」などとあいさつを述べました。
続いて、津谷市長が「二ツ井森吉線は地域の生活道路だけでなく大館能代空港へのアクセス道路として、また北緯40度シーズナルリゾート秋田の観光ルートとして生活、産業、観光に深く関わる重要な路線です。増沢バイパスが完成し、高長橋の開通をむかえることは誠に喜ばしいことで、この路線が交通の最重要路線として地域住民の利便性向上はもとより産業の振興、安全安心のためにも大きく貢献するものと多いに期待します」などとあいさつ。近藤健一郎秋田県議会建設交通委員長、佐藤吉次郎市議会議長が祝辞を述べたあと、初代高長橋設置者の子孫である高橋喜作さん、鈴さん(八幡岱)に感謝状が贈呈されました。
この後、長谷部勝北秋田地域振興局長や津谷市長、地元関係者、工事関係者などによりテープカットとくす玉開披が同時に行われ、上空には開通を祝うノロシが上がりました。開通式典の後、高長橋の渡り初めが行われ、奈良喜市さん一家(増沢)と杉渕清治さん一家(木戸石)の各3世代夫婦を先頭に来賓、一般参加者が合川太鼓保存会のみなさんによる太鼓演奏の中、渡り初めをして開通を祝いました。また、福田獅子舞保存会のみなさんが獅子舞を披露して新しい高長橋の完成と開通を祝いました。
※人名を橋の名前としたものは全国でも多くないと言われていますが、「高長橋」は旧合川町八幡岱生まれの地方政治家高橋長四郎(安政元年〜大正2年)氏の名前が由来となっています。橋がなく渡し船が唯一の交通手段であった阿仁川に、建設費の大半を長四郎氏が負担し、明治44年に完成しました。私財を抛って架橋した長四郎氏の功績を後世に伝えるものとして、それまでの「木戸石橋」を「高長橋」と改名されました。