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■ 北秋田市ゆかりの音楽家 ■
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| 北秋田市出身、また、ご親族が本市出身であるなど、本市とゆかりのある歌手、演奏家、作曲家のみなさんをご紹介します。なお、各資料は平成19年1月現在のものです。 | |
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氏 名
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プロフィール
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加登 萌々子 |
ヴァイオリニスト。1985年(平成10年)生まれ。4歳からヴァイオリンを始め、2005年3月に都立芸術高校を卒業、現在ロシア・チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院在学中。2002年国際コンクール「教師と生徒」(モスクワ)優勝など。 母方のおばあさんが鷹巣出身。2005・6年には、自分の音楽を祖母のふるさとのみなさんに聞いてほしいと文化会館ホールでコンサートを開いている。 |
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菊地
康正
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▼鷹巣出身のサックス・フルート奏者。昭和28年生まれ。鷹巣中学校を経て秋田高校に入学。中高では吹奏学部で活動。チューバ、サックス、クラリネットなどを担当する。同時に、クラシックギター、ピアノなども独習する。 ジャズに興味を持ち、高校時代にはジャズバンドを結成。19歳で上京してキャバレーのバンドマンを振り出しにプロ活動開始。 サックスを松本英彦(ts)に、音楽理論は三木敏悟に師事。次第に頭角を現し、三木敏悟とThe Inner Galaxy Orchestra、つのだひろ & Japs Gaps などに参加。 以降主にジャズ、ポップスの一流アーティストのサポート・ミュージシャン、スタジオミュージシャンとして活動。サポートしたアーティストは、アイドル系からジャズ、ロック系まで多数。例えば矢沢永吉(vo)、日野テルマサ(tp)、世良譲(p)。 来日した海外の演奏家のサポートでは、サラ・ボーン、ヘレン・メリルなど。またスイスのモントルージャズ祭、オランダのノースシージャズ祭、オーストラリアでの演奏など、海外での演奏、来日有名音楽家との共演経験も豊富。1988年に渡米、ニューヨークに半年滞在して、見聞を広め自分を見つめ直した。 2003年には、日韓文化交流の一環として、韓国のソウルナショナルシンフォニーオーケストラとサックス・マシーンズの共演も成功させた。長年にわたり教育活動も行っており、東京、横浜、名古屋、大阪の各教室で教鞭を執る傍ら、管楽器では珍しい通信教育も実施、成果を上げており、卒業生は数百名を数える。教本も多数執筆。フルート奏者としても評価が高く、独特の音色、フレージングで、面白い企画のコンサートを主催したり、独自の境地を目指している。(資料:菊池康正氏ホームページより引用) |
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倉本 裕基
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ピアニスト、作・編曲家。本名・北野實。1951年9月10日、浦和市生まれ。東京工業大学大学院応用物理学修士という異色の経歴を持つ。在学中から大学オーケストラのピアノ協奏曲(グリーグなど)のソリストを担当するなど、演奏家としての力量も発揮し始めていた。 多くのピアノソロおよび小編成の管弦楽との共演形式の楽曲、管弦楽曲がある。テレビドラマの付随音楽も多数手がける。作風は概してロマン派的であり、和声の色彩豊かな音楽である。また複合三部形式やロンド形式など、クラシック音楽の形式で書かれた曲が非常に多い。 1986年、CDデビューし、これまでに創作したオリジナル曲は260曲以上。リリースしたアルバムは40枚近くにも及ぶ(2005年現在)。倉本氏の人気は日本よりも先に韓国で火が付き、急速にファンを獲得した。韓流ブームのきっかけとなったTVドラマ「冬のソナタ」でも、チュンサン(ぺ・ヨンジュン)の死の悲しみに暮れるユジン(チェ・ジウ)の背景音楽として倉本氏の『霧のレイクルイーズ』が流れていた。日本のマスコミの注目度も高く、イ・ビョンホン、シン・スンフン、リュウなど、韓国スターとの共演の機会も多い。 韓流ブームの音楽面の支えとして日韓両国の文化交流に大きな貢献を果たした功績により、2004年には第46回日本レコード大賞特別賞が贈られた。コンサートでのトークにはよくだじゃれを交えるなど気さくな人柄で知られ、2005年にはNHK外国語講座「〜アンニョンハシムニカ〜ハングル講座」で最年長の生徒役に選ばれている。 代表曲は「霧のレイク・ルイーズ」、「パリ冬物語」、「ロマンス」、など多数。 妻の美穂子さんは鷹巣出身(昭和43年生まれ)。 もともと熱烈な倉本ファンだったことが出会いのきっかけだった。倉本氏の曲「美しい穂が実るとき」は、愛妻・美穂子さんのために捧げられた曲。 |
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後藤 惣一郎
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▼作曲家。大正11年鷹巣町生まれ。成田為三の研究家としても知られる。文検合格後、秋大特別研究室を経て昭和15年、鷹巣尋常高等小学校教諭として教職に就く。以後、鷹巣中学校・旧鷹巣高校教諭、県音楽指導員、県指導主事などを歴任。その後、米内沢小、前田小教頭、緑ヶ丘小校長、栄小校長を務め米内沢小校長で退職 。退職後は県教委学校指導員、国立音楽大学講師、浜辺の歌音楽館終身名誉館長などを務める。現在、秋田県音楽教育研究会副会長、日本音楽著作権協会所属作曲者、「カナリヤ」同人。 平成12年国の地域文化功労受章。米内沢教諭時代に作曲した「から松(北原白秋詩)」は、全国作曲コンクール第1位に入選し、中学校音楽教科書に採用され、多くの合唱曲集にとり入れられている。手がけた作品は、校歌、市町村民歌、声楽曲、器楽曲、交声曲等作曲・編曲など600曲余り。 平成16年、「から松」の音楽碑がJR鷹ノ巣駅前広場に建立された。あけぼの町(栄字中綱)在住。 |
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斉藤 京子 民謡歌手
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▼太田出身の民謡歌手。コロムビアミュージックエンタテイメント所属。昭和11年生まれ。邦楽家の父、民謡師匠の母とともに各地を廻り、4歳のとき巡業先の函館で初舞台を踏む。その後もステージ、放送など各方面で活躍、昭和28年、17歳のときコロムビアから「新タント節」「もみすり唄」他でデビュー。20歳でキングレコードに入社し、「お花ちゃん」「おんな白虎隊」「あゝ川中島」などをヒットさせる。 昭和31年、20歳のとき三橋美智也とデュエットした「お花ちゃん(詞・矢野亮、曲・吉田矢健治)」では大ヒットを飛ばす。「あ〜スッカタなかんぺさ・・・」「馬コで峠を越えて来な」「握った手と手を放すべや」など、ユーモラスな東北弁のこの歌が全国で愛称された。平成元年に出たオヨネーズの「麦畑」はこの歌を意識したものといわれている。 レパートリーも幅広く、民謡だけでも秋田・東北を中心に全国の民謡を手がける。さらに端唄 ・小唄などの俗謡や、ご当地ソング・舞踊歌謡と幅を広げ常に第一線で活躍中。リリースしたCDは、芸術祭賞受賞とデビュー50周年を記念したアルバム「珠玉の民謡 第二集」ほか多数。テレビ番組のトークショー、講演でも好評を得ている。 平成2年には、平成2年度文化庁演芸部門芸術祭賞を受賞した(「第3回斉藤京子の会」の成果による)。また、平成18年1月には日本民謡協会名人位を取得、同年3月5日、東京プリンスホテルで受賞記念祝賀会が開かれた。 |
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斉藤 恵
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▼ラテンパーカッショニスト。鷹巣出身。昭和37年生まれ(男)。高校時代(大館鳳鳴高校)は吹奏学部に所属。高校時代からバンド活動を始め、ドラムスを担当。日本大学在学中、ラテンフルバンドの名門「リズム・ソサエティ・オーケストラ」に所属、在学中より「見砂直照と東京キューバンボーイズ」、「有馬徹とノーチェクバーナ」などで研鑚を積む。 また、数々のラテンバンドでリードヴォーカルも担当。卒業後、歌えるラテンパーカッショニストとして活動。オールドラテンからモダンラテンはもちろんのこと、数々のタレント、アーティストのサポート、テレビ番組など多方面にわたり活躍中。NTV「THE夜もヒットパレ」では、12年間にわたってレギュラー出演中。「モト冬樹&ナンナラーズ」では、お笑いにも挑戦中。ジャンルにこだわらない幅広い音楽性を売り物としている。'90年、'97年にはキューバに渡り、多くのミュージシャンからキューバ音楽の真髄を学ぶ。 2001年に結成された8人編制のバンド「Cimage(しまあじ)」では、コンガ(Conga)とボーカルを担当。また現在、カルロス菅野率いる「熱帯ジャズ楽団」や「奥田‘スインギー’英人&ブルースカイ・ラテン・ジャズ・オーケストラ」のメンバーとしても活動中。(⇒「熱帯ジャズ楽団」コンサート日程 ) |
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佐藤 卓史 ピアニスト
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▼ピアニスト。1983年、秋田市生まれ。4歳よりピアノを始める。 1993年、 第8回秋田県全県ピアノコンクール大賞受賞。1994年、第4回東北学生ショパンコンクール小学生の部金賞受賞。
1995年、 日本ピアノ教育連盟第11回ピアノ・オーディションA部門入賞。第49回全日本学生音楽コンクールピアノ部門東京大会小学校の部第1位。
1997年、 第51回同コンクール同部門同大会中学校の部第1位。 2001年、 第70回日本音楽コンクールピアノ部門第1位、併せて野村賞、井口賞、河合賞、三宅賞を受賞。2002年、東京芸術大学入学。 また堀正文、藤森亮一、澤和樹、上森祥平、佐藤俊介、米元響子をはじめとする多くの著名なソリストと共演、室内楽奏者としても活動している。 これまでに、ピアノを目黒久美子、上原興隆、小林仁、植田克己、アリエ・ヴァルディの各氏に、フォルテピアノを小倉貴久子氏に師事。 現在ドイツ・ハノーファー音楽演劇大学に在学中。 (佐藤卓史実ホームページより転載) 父・孝逸さんは元教諭で綴子・二本杉出身。 |
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高橋 勝司(故人) 作曲家・指揮者 |
▼綴子(上町)出身の作曲家・指揮者。旧制大館中学校(現大館鳳鳴高校)、秋田大学音楽科を経て国立音楽大学作曲科を卒業。作曲を高田三郎、指揮を金子登の両氏に師事。横浜市立南高等学校に勤務し、合唱部・マンドリン部・吹奏楽部・弦楽部を創設し、指揮指導にあたった。 昭和39年には、今年で創立50年目を迎える歴史のある合唱団「横浜YMCA混声合唱団」の指揮者に就任。その他、数々のオペラの合唱指揮をはじめ、「第九」や「森の歌」の合唱を長きにわたり指導された。 また、童謡雑誌「赤い鳥」の主宰者・鈴木三重吉ゆかりの合唱団「赤い鳥混声合唱団」の指揮者としても知られ、「赤い鳥」童謡全八集を、混声四部合唱曲に編曲するなどの活動も行っている。 平成元年には、東ベルリン(当時)で労音合唱長として、ベルリン放送交響楽団と共演。平成6年年1月から港南区ひまわり管弦楽団」初代音楽監督・指揮者に就任するなど、横浜市港南区を中心とする地域の音楽の普及にも努め、同年7月には「高橋勝司作品集」を出版。平成9年、音楽活動での地域貢献が評価され、横浜市教育委員会表彰(社会教育の部)を受賞。 平成18年3月13日午前零時45分、閉塞性動脈硬化症のため、横浜市内の病院で死去。享年77歳。ご夫人は声楽家で青山短期大学名誉教授の好子さん。俳優の高橋克典氏は長男。 |
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辻 幹夫 11弦ギタリスト |
▼11弦ギタリスト。1951年(昭和26年)生まれ、松葉町出身。 1980年 バッハ・リサイタルで楽壇にデビュー。 1981年 岡山県芸術祭中心公演、パントマイム劇「街の灯」の作曲と演奏を担当。 1983年 11弦ギターと出会う。1991年 ニューヨークのカーネギーホールにおける11弦ギターの自作曲を中心としたリサイタルで、国際評価を受ける。 1996年 “黎明”(全3楽章)を京都・洛陽教会にて初演。 チェルノブイリ事故後10年、ベラルーシ共和国をはじめとする東 欧・北欧で鎮魂のコンサートを行う。 2004年 東京オペラシティ近江楽堂にて横笛の松尾 慧、パントマイムの清水 きよしを迎えて2夜のリサイタル。 「ALBORADA」(11弦ギター) 「万葉の」(篠笛と11弦ギター) 「冬の光」(パントマイム)を発表。 野尻湖弁天島の湖面でコンサート。「TAKERU」(龍笛と6弦ギター)を発表。 食育ミュージカル「いのちの歌」の音楽を担当 。オリジナルCDに「風の標」「月光の森」「黎明」「水鏡」など。 1981年3月12日、ルーテル市ヶ谷センターでのリサイタル「炎と魂の邂逅」は、同じ松葉町出身のフラメンコギタリスト、三澤勝弘氏とのジョイントだった。 (資料:辻氏HPより引用) |
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成田 為三(故人)
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▼米内沢出身の作曲家。明治26年、森吉町米内沢(旧米内沢村)に生まれる。大正2年、秋田県師範学校卒業後、1年間小学校教師。同3年現在の東京芸術大学の前身である東京音楽学校入学。在学中、在野の山田耕筰に作曲を師事。大正4、5年頃「浜辺の歌」を作曲。同6年同校卒業。同年、佐賀県師範学校に赴任。翌年同校辞任、東京赤坂小学校に赴任。 大正8年『赤い鳥』に「かなりや」を発表、一躍有名になる。以後、『赤い鳥』の専属作曲家となる。大正10年ドイツ留学、ロバート・カーン教授に師事。同14年帰国。同15年、鈴木文子と結婚。昭和3年、川村女学院講師。同8年、東洋音楽学校講師。同15年、国立音楽学校教授。同20年、脳溢血のため51歳で急逝。 ▽作 曲(歌詞の作詞者) ▽著 書 |
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林 るり子 歌手 |
▼コロムビアミュージックエンタテイメント所属の歌手。合川李岱出身。本名・成田まさ子。昭和27年1月29日生まれ。昭和51年テイチクレコードより「留々蘭の町から」でデビュー。 同年新宿音楽祭新人賞受賞。昭和55年にコロムビアに移籍。プロ野球の落合博満選手(現・中日ドランゴンズ監督)とのデュエット曲「涙 渇くまで(H8)」は当時の話題をさらった。平成10年、「待つ女」でゴールドディスク賞受賞。現在25周年記念曲「この愛に/深川みれん」 などでコンサート、マスコミ等で活躍中。 主なリリース曲・アルバムに「やさしくおしえて(1977)」「お待ちしてます(1978)」「旅の哀愁<エレジー>(1980)」「夫婦渡り鳥(同)」「よりそいぐらし(1983)」「さだめ川(1985)」「瀬戸内旅しぐれ(1989)」「酔町川(1991)」「恋ざんげ(1992)」「人生祝い川(1993)」「夫婦海峡(1995)」「涙 渇くまで(1996)」「待つ女<ひと>(1997)」「なさけ川縁歌(1997)」「この愛に(2000)」「どうするつもり(2005)」 |
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藤本 潤 指揮者
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七日市松沢出身の指揮者。昭和43年生まれ。幼少よりヴァイオリンを始める。鷹巣南中学校ではバスケットボール部、大館鳳鳴高校で吹奏楽部に所属。東京芸術大学音楽学部指揮科卒業。安宅賞受賞。1995年、同大大学院修士課程修了。指揮を佐藤功太郎氏に師事。これまで群馬交響楽団、大阪センチュリー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新星日本交響楽団を指揮。現在、山形大学教育学部非常勤講師を務める他、各地のオーケストラの指揮、都内のオペラ団体のアシスタントコンダクターとして活動している。また1996年より東京フィルハーモニー交響楽団オペラコンチェルタンテシリーズの副指揮者として大野和士氏のもとで研鑽を積んでいる。 |
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掘 江里子 ピアニスト |
▼岐阜県出身のピアニスト、音楽指導者。1982年(平成7年)生まれ。3歳よりピアノを始める。名古屋市立菊里高等学校音楽科を経て、東京芸術大学卒業。1995年、全国学芸科学コンクール作曲部門、大林組個人奨励賞、赤尾好夫賞受賞。岐阜県作曲コンクール課題嗣部門第1位。1996年岐阜県ジュニアピアノコンクール金賞。岐阜県作曲コンクール器楽部門第1位。ソニー全国オーディオ大賞作曲部門第1位。1997年ポーランドクラクフ室内管弦楽団と共演。2000年春、春日井音楽コンクール第1位及び中日賞、大垣音楽祭新人コンクール出演。2004年、ローゼンストック国際ピアノコンクール入賞。 ピアノソロ以外に、歌や管弦楽、バレーとの共演や作曲、編曲、即興演奏など幅広い分野で精力的に演奏活動をしている。 これまでに、ピアノを加藤るみ、桐山春美、渡辺健二、歌曲伴奏をコンラート・リヒターの各氏に師事。 現在、東海女子短期大学、東海女子大学非常勤講師。 母・掘祐子さん(旧姓成田)は今泉出身。 |
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三澤 勝弘 フラメンコギタリスト |
▼鷹巣(松葉町)出身のフラメンコギタリスト。鷹巣中学校時代から独学でフラメンコギターを始める。1966年(昭和41年)、青山学院大学進学で上京し、伊藤日出夫氏に師事。同時に都内のクラブ等や労音等の公演で演奏活動を開始する。 1967年、全日本フラメンコギターコンクール2位入賞。1969年、尊敬するギタリスト、ニーニョ・リカルド氏に師事するため渡西。帰国後はソリスト、伴奏者として活動を開始する。主なリサイタルに「炎と魂の邂逅(かいこう)」「スパニッシュ・カクテル」「青の綺想曲」等。日本フラメンコ協会常任理事 |
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三澤 暁真 フラメンコギタリスト |
▼東京都出身のフラメンコギタリスト。若手伴奏者として各地の公演に出演。将来を嘱望されている一人。父は本市出身の三澤勝弘氏。母はカンテの三澤敦子氏。三澤信暁氏とは兄弟。 |
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三澤 信暁 フラメンコギタリスト |
▼東京都出身のフラメンコギタリスト。若手伴奏者として各地の公演に出演。将来を嘱望されている一人。父は本市出身の三澤勝弘氏。母はカンテの三澤敦子氏。三澤暁真氏とは兄弟。 |
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三澤 敦子 カンテ(フラメンコ歌手) |
▼鷹巣(松葉町)出身のカンテ(フラメンコ歌手)。旧姓今野(こんの)。夫はフラメンコギタリストの三澤勝弘氏(松葉町出身)。大館桂高校、秋田大学教育学部卒業。1974年(昭和49年)、大阪にてエンリケ・エレディ氏のカンテ(フラメンコの歌)に出会う。1975年、最初のスペイン行。1995年、カンテの勉強のためスペイン・ヘレスに滞在。2003年、3度目の渡欧。現在は、日本で数少ないソリストとして活動中。 |
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村上 敏明
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▼東京都出身のオペラ歌手。昭和47年(1972年)9月6日生れ。国立音楽大学卒業。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第17期生修了。平成11年度文化庁芸術インターンシップ研修員。2001年12月より文化庁派遣芸術家在外研修員として2年間イタリアのボローニャに留学、第2回ミネルビオ国際声楽コンクール、2003年レオンカヴァッロ国際声楽コンクールでともに第1位優勝をはじめ、第8回オルヴィエート等の10の国際コンクールで優勝ならびに上位入賞を果たす。 国内でも、2000年第31回イタリア声楽コンコルソ・テノール特賞、01年第37回日伊声楽コンコルソ第3位、第2回ベルカント・テノーレ・コンコルソ第1位優勝ならびに聴衆賞等を受賞し、2004年には第40回日伊声楽コンコルソ第1位優勝、第35回イタリア声楽コンコルソでシエナ大賞受賞。中島基晴、中村卓郎、パリで・ヴェントゥーリの諸氏に師事。 1999年3月「ラ・ボエーム」のパルピニョールで藤原歌劇団にデビューし、同年12月には新国立劇場に藤原歌劇団共催「蝶々夫人」の神官でデビューした。 その後、新国立劇場公演には「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」に出演。イタリア留学中、研鑽のかたわら、2002年オルヴィエートのマンチネッリ劇場での「リゴレット」のマントヴァ公爵でイタリア・デビューを果たす。その後、フェッラーラで「蝶々夫人」のピンカートン、ボローニャで演奏会形式「イル・トロヴァトーレ」のマンリーコなどに出演し、特に後者はイタリア国営放送でラジオ放送され反響を呼んだ。 そのほか、フォッサーノ、ヴェンティメッティミッリアでの「リゴレット」などに出演。 2003年11月、文化庁在外研修を終えて一時帰国し、長野、京都などでコンサートに出演のほか、04年4月には津田ホールでリサイタル開催。 2002年にロヴェレートのG.ヴェルディ協会よりヴェルディ記念賞をC.コロンバーラとともに受賞。平成16年度第15回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞により、2004年10月より再びボローニャに留学中。 そして2005年1月の藤原歌劇団「ラ・トラヴィアータ」にアルフレードで出演し、大好評を博した。 その後渡伊、7月に帰国し7月15日には北九州市において渡辺葉子追悼コンサートに出演。8月には、藤原歌劇団公演オペラ「アドリアーナ・ルクヴルール」のシャズイユ僧院長で好評を得る。年末には葛飾区第九及び、丸ビルのジルベスターコンサートの第九に出演。2006年2月には藤原歌劇団公演オペラ「蝶々夫人」のピンカートンに出演し喝采を浴びる。今後の活躍が更に期待されている注目のテノール。 藤原歌劇団団員。
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